私が担降りした時のはなし、と言う名の言い訳

先週、ジャニーズWESTがデビュー3周年を迎えた。それはわたしが担降りを決意した日が近いことも意味していた。

 

もともと私は、8歳の頃から嵐の松本潤くんの担当だった。初めて国立競技場に立って笑顔を輝かせた頃から、国民的アイドルの王道的な彼らに夢中だった。ところが2013年10月18日、ドラマ『ミスパイロット』の初回放送日、初めて流星くんを知った日。堀北真希さんや斎藤工さんが好きだから観たら、子犬みたいに可愛く無邪気に画面に現れる藤井流星くんに一目惚れした。天使のようだった。今もだけど。

調べてみると、関西ジャニーズJr.の中心メンバーのひとりで、デビューも遠くないとか。ジャニーズを好きになった頃からずっと潤くん一筋に生きてきた当時中学二年生の私には、いきなり担降りする考えも覚悟もなかった。この頃は嵐への関心より若手俳優に浅く広く足を突っ込んでた時期であったせいもあり(今は本郷奏多さん一筋で他はチラ見です)、「気になる存在」で留まった。毎週火曜の夜に現れる美少年にドキドキしていた。

ドラマも終盤にかかったころに次クールのドラマへの出演も決まって、本当にデビューするんじゃないかと思っていた矢先、ジャニーズWEST4のデビューが発表された。流星くんはデビューの選抜に漏れた。あの時期の空気は異様だった。「気になる存在」という立ち位置だったため、逆になんと思えばいいのかわからなくて辛かった。松竹座G公演のことだってそうだった。ほとんど知らないせいで、悲しむことも許されたのかわからなかった。その辛さから逃げるかのように潤くんが出ていたドラマ『失恋ショコラティエ』を見まくった。

そして来たる2月5日、舞台『なにわ侍 ハローTokyo!』初日。あまり関心を持ちたくなかったので、他の人からりゅかみはまの3人が出るとか出ないとかという話から7人でのデビューが決まったという話まで一気に聞いた。ただ純粋に嬉しかった。すごい人を好きになったな、って誇らしくなった。でも、7人のことを完全に知らなかったので、7人でデビューできてよかった、という感情は薄かった。ただ流星くんはデビューするんだ、ということが濃かった。

でも所詮一般家庭の中学生で上手にお金が使えなかった(今も使えてないが)私はドル誌もテレビ誌も買わずに、嵐のコンサートグッズやジャニショの公式写真だけを買い、流星くんのことに手を回せなかった。でも今は駆け出しのグループを応援する身になって痛いほどこういうことの大切さがわかる。テレビやTwitterYouTubeで流れる流星くんの映像や画像、動画を眺めてデビューの時を待った。残念なことにこのモチベーションで私のジャニヲタライフは秋ごろまで進んでしまったのです。(しかも嵐に関しては担降りを決意するまでモチベーションは低いまま一定だった。)だからCDは予約しなかったし買いもしなかった。姉が買っていたが、それすらも微妙なリアクションだった。気が向いたら少クラを見て、初めてのMステ出演を塾へ向かう車の中で見て満足している自分がいた。推しの俳優さんたちが忙しかったからかな。そう言い訳しながら中学三年生の夏さえも過ぎた。デビュー直後のなにとものレポも追わなかったし、流星くんの初主演ドラマ『アゲイン!』も録画して軽く目を通すだけだったし、6話を録り損ねていたが大してつらくなかった。特番も興味がわかなかった。あのときめきは幻だったのかなとも思ってしまった時もあった。あんな大事な時期をよくもまあ適当に過ごせてたな私。

部活を引退して受験一筋となった私のもとへやってきた『リトルトーキョーライブ』の出演の話。デビュー半年でジャニーズWESTを全国ネットの生放送で拝めるなんて。特番やドラマは放送圏外だったり日付を超えた深夜だったため、取引や起床時間など中学生の私には厳しい条件が揃っていたものの、リトラは優しかった。感謝してるよ〜〜( ;  ; )それから彼らの出る回は全部チェックした。流星くんにモーソーライブやって欲しいってぷんすかしてたころにHey! Say! JUMPとのクリスマスイブの生放送。あの日が私の命日になった。あの時のパフォーマンスとモーソーライブを見た時の私は身体に稲妻が走った。ずっと「むりむりむりしぬしぬしぬ」「LINEの投票に流星くん100万票突っ込みたい」しか話さなかったし翌日の部活仲間でやったクリスマスパーティーでも流星くんを推してばっかいた。この時、近いうちに担降りしそうだとなんとなく思った。意外と単純でした。

この時、冷静に1stライブまで1週間くらいであると思い出し(受験で諦めたため存在を無視していた、ということ)、城ホ公演に行く姉の友人にグッズを頼んだ。

破壊的にかっこいい

めぇのビジュアルがみんないいのはもはや伝説(私の中で)。なにともの時も頼んでおけばよかったとあっさり後悔。

めぇのレポは全部追ったし、舞台『なにわ侍 団五郎一座』のレポも流星くんのクイズだけ丁寧に記録した。舞台の千秋楽と同じ時期に受験が終わり、姉から借りたCDやアルバム、ハローTokyoをチェックして、お年玉でジャニショに写真を買いに行って(ズンドコ発売の関係でグアム以降までけずられててしんだけど)(受験が1週間早く終わってたらデビューから買えたけど)(これ一生恨む)ズンドコパラダイスの発売を心待ちにした。この行動を振り返って、もう流星くんやジャニーズWESTから目が離せない自分が楽しくて、嵐担の時とは全く違うドキドキを感じることに嬉しさを感じ始めた。嵐担を通ったジャニーズWEST担が多いのすごくわかる〜〜!そっからのVS嵐出演はかなり楽しかった!潤くんと流星くんが会話してる空間が見れる世界に生まれてよかったって全ての神様に感謝した。まあこのあと仏教信仰の高校に入学するんですけど。滑稽か。同時期に決まった全国ツアーにたまらなく行きたくなった。ちなみに担降り直後のパリピポツアーは外れた上にいいご縁にも恵まれず当日の開演を入り口前で見守って大泣きしながら名古屋国際会議場を後にしました。

高校1年生になった。まだ担降りはしていなかったが、完全に藤井流星くんが好きだと周りのジャニヲタにも言ってたけど潤くんのことも忘れられなかった。

でも、担降りって突然やってくるんですよ。

お前なんなんって感じでしょうがこれはマジです。2年前の今日、物理基礎の授業中に「あ〜、担降りしよう」って魂が抜けたかのように決意した。

実際、稲妻が走った日からの流星くんへの気持ちが大きかったのが一番だけど、嵐へのモチベーションは約1年間変わらずで、デジタリアンツアーに行っても微妙で、これは嵐や周りの嵐担に申し訳ないなって気持ちも少々ありつつの結果でしたけど。あまりにも突然で自分でも整理つかなかったから姉にLINEしたら「今お母さんとその話(私がいつ担降りするのか)してた」と言われて電車で堂々と吹き出した。家族って面白いや。姉とはずっと一緒にジャニーズWESTの現場に行ってます。24コンオーラスでヒーヒー泣いた自分を鼻で笑ってくれたのは助かった…

 

あれから2年。流星くんやジャニーズWESTのみんなには数え切れないくらいの幸せや勇気をもらってます。個人で力つけて、知名度や人気をあげて、夢も叶えて、次のステージに向かう彼らにドキドキさせられて今日も幸せです。忙しさに(お金とかレコが)ついていけない!って思う時があるけど(それ自分の問題じゃね)、それは立派なことだし、24コンオーラスで淳太くんがみんなのことは遠くに置いて行かないって約束してくれた。担降りして後悔した日は一度もありません。勘違いされると困るので書きますが、嵐のことは嫌いになってないしむしろ潤くんのことは尊敬しています。流星くんもいつかああいうすごい人になってほしい。藤井流星くんに、関西Jr.に、ジャニーズWESTに出会えてよかった。ありがとう。

以上、担降りまでの経緯と銘打った言い訳ブログでした。すっきりした。さて、模試前の息抜きにお昼サーティワンにでも行ってこようかな。